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1973 筑豊・最後の坑夫たち

1973 筑豊・最後の抗夫たち

 いつも田川レコードコンサートにご協力下さっている帆足昌平さんが写真集「1973 筑豊・最後の坑夫たち」を出版(共著)されました。

 2014年12月に出版され、2015年8月、好評のうちに重版となりました。ネットショップ・アマゾンでは売り切れ状態が続いていましたが、安定的にお届けできる状態になりましたので、このページでも告知させていただきます。

1973年 筑豊・最後の抗夫達
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1973 筑豊・最後の坑夫たち
発行日/2014年12月18日
著/永吉博義 帆足昌平
発行/集広舎
B5判変形/上製/160頁
定価/2,700円+税

リンク:集広舎のオフィシャルサイト



 撮影不可能と言われた炭鉱坑内の現場をおさめた幾多の写真。約40年前、坑内入りを特別に許可された三人のアマチュア・カメラマンによって、貴重な記録が残されました。

 この写真集は、すでに書評に高い、各画像の記録性や希少性などは言わずもがなですが、そのほかにも、抗夫たちや生活をする人々の真剣なまなざしや笑顔などが、血の通った人間のドラマを感じさせ、被写体となった方々へのカメラマンの敬意が感じられて、清々しく上質の写真集です。




<サンデー毎日 2015年3月8日号より>

2015年02月24日

 ◇あの頃、確かにこの国を支えていた

◆『1973 筑豊・最後の坑夫たち』永吉博義・帆足昌/著(集広舎/税抜き2700円)

 写真集『1973 筑豊・最後の坑夫たち』は、かつて国内最大の石炭産地だった筑豊炭田(福岡県)の記録である。タイトルにあるように、すでに多くの炭鉱が閉山し、筑豊炭田が終焉を迎えようとしていた73年に撮影された写真が多く収録されている。

 中でも圧巻なのが、73年3月19日に、稲築町(現在の嘉麻市)の山野炭鉱の坑内に降り、切羽(坑道の先端にある作業現場)で撮影された写真群だ。暗闇の中に浮かび上がる坑夫たちの顔は黒くすすけ、目玉ばかりが光っている。

 そして、こびりついた炭塵に汗が筋を作る、たくましい腕。支柱を立て、発破を仕掛け、スコップをふるう男たちの腕が、狭い坑内で圧倒的な存在感を放つ。

 昭和30年代に筑豊の炭鉱町に移住した森崎和江さんの著作にひかれてインタビューに通って以来、炭鉱関連の本や写真集にずいぶん接してきたが、切羽まで行って撮影された写真を見るのは初めてだ。よくこんなものが撮れたと驚嘆した。

 撮影者の永吉博義氏と帆足昌平氏は、昇降機で地下527メートルの坑内に降り、そこから地下坑道を30分歩いて切羽までたどり着いたという。暗闇の先にキャップランプの光がチラッチラッと見え、それでやっと坑夫がそこにいることがわかる状況だったと、永吉氏が回想している。

 闇の中なので、ファインダーを覗いてもよく見えず、なかなか構図が決められない。キャップランプの光を頼りに被写体に近づき、シャッターを押した一瞬のフラッシュの光でようやく、どんな映像になるのかがわかるような状態だったという。そうやって撮られた写真には、何とも言えない臨場感と迫力がある。

 この写真集には田川市石炭・歴史博物館の安蘇龍生館長が序文を寄せている。それによれば、博物館内では昭和7年〜12年の三井田川炭坑の坑内労働を撮影した映像を流しているが、それはあくまでも三井鉱山会社の依頼によって作られた宣伝用の作品で、実際の労働現場ではないという。

 ユネスコの世界記憶遺産に選ばれた山本作兵衛氏の炭鉱画を所蔵するこの博物館には私も行ったことがあり、1階で流されている三井田川炭坑の映像も見た。安蘇館長も書いているが、そこに登場する坑夫の顔は炭塵で汚れてはおらず、きれいなままである。撮影された年代が古く、資料として貴重ではあるが、『1973 筑豊・最後の坑夫たち』の写真の迫力には及ばない。

 この写真集の撮影者たちはプロではなく、地元のアマチュア写真家だという。被写体を求めて外からやって来た写真家にはない、筑豊という土地への自然な愛着と敬意が感じられるのはそのためだろう。

 仕事を終えて家路につく坑夫の後ろ姿や嫁入り行列など、炭鉱町の暮らしを記録した写真群も感動的である。とりわけ、ボタ山から夕暮れの炭鉱跡地を眺める犬(首輪をしているので坑夫の飼い犬だろう)の後ろ姿を捉えた写真には、何ともいえない哀愁があってぐっときた。

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かけはし・くみこ ノンフィクション作家。『散るぞ悲しき』で大宅賞。近著に『声を届ける−−10人の表現者』『猫を抱いた父』(求龍堂)