画像読み込み中
しばらくお待ち下さい

田川合唱団 団員 随時 募集中


サポートページ

みんなで歌いましょう
田川合唱団・団員随時募集中


練習日:毎週 火曜 金曜
時間:午後7時45分~9時30分
会費:3000円(月)
練習会場:教育文化会館 2F
    (田川市中央町4)





田川合唱団 創立70周年 記念演奏会

西日本新聞・2018年3月18日

「田川合唱団」歌声響く 炭鉱が育んだ文化伝え70年
18日、田川市で記念演奏会

 筑豊最大規模の炭鉱として栄えた田川市の三井田川鉱業所が育んだ芸術・文化の営みが、連綿と受け継がれている。同鉱業所の職場合唱団が前身の「田川合唱団」(植高秀司代表)は18日午後2時から、創立70周年記念演奏会を同市の田川文化センターで開き、閉山から半世紀を経た地域に高らかな歌声を披露する。

 合唱団は1947年、「三井田川ヴォーカルファ」として結成。2年後に従業員や知人でつくる「三井田川混声合唱団」に改称し、福岡市の常任指揮者、故田中凡平さんの指導を受け、51、55、56年の全日本合唱コンクールすべてで4位に入賞。61年には民放のテレビ出演も果たしたという。

 閉山の前年の63年、市民による「田川合唱団」として再スタートし、現在は女性が3分の2を占める40~80代のメンバー35人が週2回、各2時間の練習を重ね、田川市郡の町役場や病院などでロビーコンサートを開いている。

 記念演奏会を控えた9日夜、田川市の教育文化会館には、メンバーにOBを加えた約40人による「大きな古時計」や「翼をください」などのハーモニーが響いていた。51年に合唱団に入った牛嶋操さん(83)=田川市=は「みんな仲が良くて雰囲気がいい。何度もステージに立っているけど本番はやっぱり緊張しますよ」と話していた。

 演奏会当日は、混声合唱組曲や唱歌、童謡、歌手中島みゆきさんの曲など計22曲を合唱する。植高代表は「70年間も活動が続く合唱団は全国でも珍しいと思う。満員の会場で節目の演奏会を成功させたい。メンバーも随時募集中です」と呼び掛けている。

 入場料は一般千円(高校生以下無料)。

=2018/03/18付 西日本新聞朝刊=

田川合唱団 第38回 演奏会

西日本新聞・2015年11月27日より

炭鉱文化歌い継ぎ68年
田川合唱団2年ぶり演奏会

 筑豊地区で最も歴史がある市民合唱団「田川合唱団」が29日午後2時から、添田町庄のオークホールで2年ぶりの演奏会(西日本新聞社など後援)を開く。炭鉱の職場合唱団として誕生し、炭鉱文化を歌い継いで68年。植高秀司代表(67)=糸田町=は「心を込めたステージにしたい。2年後の創立70周年ではOB、OGの皆さんとともに歌いたい」と語る。

 38回目の演奏会となる今回は4部構成で計21曲を披露する。1部はさだまさしさん作詞作曲の「北の国から」「秋桜」「関白宣言」などで構成する混声合唱曲集、2部は混声合唱組曲「この地上」、3部はオペラ合唱曲集、4部は世界の名歌。ピアニストの山田珠貴さんと渡辺美沙さんが伴奏する。

 合唱団は1947年5月、旧三井田川鉱業所の職場合唱団「三井田川ヴォーカルフォア」として誕生した。49年、福岡市から常任指揮者として田中凡平さん(2008年死去)を招き「三井田川混声合唱団」に改称して本格的に活動。51、55、56年には全日本合唱コンクールで4位に入った。炭鉱閉山前の63年に市民合唱団「田川合唱団」になった。

 現在は40~70代の28人が毎週火曜と金曜の午後7時45分から、同市中央町の教育文化会館で練習を重ねる。常任指揮者を10年間務める中津川洋司さん(63)=福智町=は「聴く人も私たちも楽しめる演奏会にしたい」と話す。入場料千円。

=2015/11/27付 西日本新聞朝刊=

田川合唱団 第38回 演奏会 2015年11月29日

「凡平先生忘れない」 田川市博物館にコーナー

2008年4月5日・西日本新聞

「凡平先生忘れない
合唱に懸けた一生
写真や楽譜で紹介

 田川市の市民合唱団「田川合唱団」などの常任指揮者を半世紀以上務め、3月16日に80才で亡くなった故田中凡平さんの功績を紹介するコーナーが、同市石炭・歴史博物館(安藤龍生館長)に開設されている。田中さんは1950年代、旧三井田川鉱業所の従業員らでつくる「三井田川混声合唱団」を全国コンクールの常連に育て上げ、市民から「凡平先生」と慕われた。会場には、合唱指導に生涯をささげた田中さんの歩みを刻んだ年表や写真、賞状、楽譜などが展示され、訪れた人々がしのんでいる。

 田中さんは49年、同鉱業所から常任指揮者に招かれ、「ヤマの合唱団」を率いて全国大会で4位を3度獲得、筑豊に炭坑閉山の波が押し寄せ始めた62年、一般から団員を募って、市民合唱団に再編成して合唱団を存続させた。64年に同鉱業所が閉山した後も、2005年に引退するまで、旧産炭地でタクトを振り続けた。

 展示品は、長年、田中さんと行動をともにした印刷業溝口隆弘さん{69)らが寄贈した。三井田川混声合唱団最後の発表会(1961年12月16日)田中氏が指揮を執った田川合唱団の定期演奏会ポスター、合唱コンクールでの賞状、練習内容が記録された日誌などが展示されている。同博物館は「コーナーを常設にし、凡平先生の功績を広く紹介したい」としている。